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2016-02-28

地震に襲われた、タマン族の村

今回、地震の視察も兼ねて、地震被害の大きかった標高2200-2500mまでのタマン族の住むエリアをまわってきました。

タマン族の村は、いずれもメインの車道から離れていて、みんな農業や観光業で生計をたてていました。

つまりある材料で家を建てなければいけない状況にあった村ばかりです。

ある材料というとここにある材料は石。

家も石を積み上げてつくるものばかりが多かったこの村の被害は甚大で、復興のめどもたっていません。



子供たちがガイド役をしてくれて、村をまわりました。

石を積み上げて作った家は、崩すにも難しく、ほとんどの家がそのままの状態。


村の端に移動している人がほとんどでこの家をどうやってこわすのかめどはたっていないそう。

私たちが村々を回っていると、ガイド役の子供たちが小さな声で。

「ここ歩くの、怖いよね」とお話してるのが聞こえました。

この村は壁もすべて石造りなのでまた地震がくるとあとは崩れるだけ。


そういえばそうだな。と思い、子供たちも怖がる道はさっさと歩くことにしました。

村はブルーシートで覆われています。仮設住宅のまま、崩れた家もそのままです。


子供たちの多くは、地震があった日土曜日で昼間だったことから、山に草を刈りに行ったり薪を切りに行ったりしていたそうです。ここは山に地すべりが起きて、多くの人が亡くなった場所でもあります。

子供たちの心の傷は大きいだろうなと地震の話しを聞くとそのときの表情で伝わってきます。


「地震があったとき、みんなはどこにいたの?」というお話をしているとき、「お姉ちゃんはどこにいたの?」と聞いてくれた子達。(涙)「お姉ちゃんは日本っていう国にいて、そこはゆれなかったんだよ」というと、「え~そうなの?」と驚いていた。子供たちにも地震の恐ろしさはよーくわかっていて、最近では小さなゆれでも外に避難するそうです。


これは一体何かな?

標高3300mにある原っぱに面白い形の機械がありました。

何だろう近づいてみると。

"Earthquake Monitering Equipment"
と書いてました。

そう、地震観測機ですね。

以前はこんな機械はおいてなかったのですが、先の地震からネパールにも地震が来るんだということでこういう機械が置かれるようになったんですね。

一年まだたっていないのですが、最近また時々揺れてるネパール。

80年の眠りから覚めて、地震の活動が活発化するのではとみんな心配してます。

2016-02-25

標高3300mから見る地震被害状況

現在地震被害がおおきかった村に移動中です。

標高3300mまでやってきました。

ここはヒマラヤが見える美しい土地でしたが先の地震でほとんどの家が破壊されてしまいました。

上から見ると被害のひどさがよくわかります。

この地域はかなりリモートエリアにあり、家のほとんどが石を重ねて造ってます。材料を運ぶにも車道がないので石か木しかないわけです。

写真の左下に見えるのが被害にあった村。

もう一枚の写真が、村だけにフォーカスした写真です。

2016-02-23

いろんなお仕事

ネパールの道路を見ると、いろんなお仕事があります。

果物を自転車いっぱいに積んで売る人、サンダル屋さん、靴下だけ売る人、鍵屋さんなどなど。朝から晩まで結構頑張って売ってます。

ここは地震の被害がおおきかった地域ですが最近はこうしてお店がたくさん開いてます。

2016-02-21

綿の実

ネパールの豊かな自然から生まれる植物。

私たちがみなさんに紹介している洋服も、この豊かな自然から育つ植物の繊維を使用しています。

今日はそのうちの1つ、綿(コットン)の実を紹介。

こちらが綿の実。実の中に種を包んでいる綿があり、これをつむいで糸にするわけです。

少しずつ開いてくる実。

綿はふわふわ。黒いのが種です。これを取り出して糸車でよりをかけながら糸をよっていきます。

糸車でつむいだ綿の糸で手織りをして生地ができあがります。


こうして作られた生地は、着心地もよくて汗の吸収もよいため、本当に気持ちがよいのです。






村の子供たち

村の子供たちは恥ずかしがりやだけど人懐っこい。

朝、学校に支援で訪れるため歩き始めた初めの上り坂をあがりきったところで、犬の吠える声が聞こえました。

朝学校に行く途中の子供たちと村の犬さん。

「ナマステ~」とはにかみながらあいさつしてくれました。

みんなこうして歩いて学校に通っています。

はにかみながらお話してたけど、遅刻する!とあわてて学校へ向かっていきました。


子供たちはちょっと恥ずかしそう。ちなみに後ろは地震で壊れたおうちです。ブルーシートをはって、雨にそなえています。

2016-02-19

ネパールのおばあちゃんたち

ネパールに来ると教育支援で村を訪れます。

標高が1600mから1800mの村を訪れるのですが、山に住んで農業を営むグルン族のおばあちゃん。

グルン族にはグルンの言葉があり、彼女たちはネパール語を学校で学ぶわけではなく、村を訪れるお客さんから自然に学んでお話をします。(←ネパール人の言語能力ってすごいんです!)

おばあちゃんたちのほとんどが文字が書けない、読めない人が多いです。
文字が読めないと、薬や携帯電話などを使いこなすことができず苦労も多いです。
だけど自分の言葉、ネパール語、そしてヒンディー語などなど2-3個の言語をお話する人たちもいて、この人たちは自分の経験から学ぶことに長けてる人たちだなといつも実感します。



ネパールの厳しい環境で畑を耕し、家畜を育てて、子供を産み、育ててきた人たち。

経験からさまざまなことを学んできてます。

野菜や家畜の育て方、さまざまな植物を使って体を直す知恵、全部彼女たちが経験を通じて学んできた知恵ばかり。

とっても賢い人たちだなあといつも関心するわけです。

そして何より、おばあちゃんたちにはいつも愛があふれてる。

あふれてる愛を自分の住んでる村に注ぎ、村のすべての子供に注ぎ、私たちのような外から来たお客様のおもてなしに注いでくれたりします。だからとっても温かい気持ちになります。


私たちを見ると、「おーいい!牛乳あるよ!飲みにきんさい!」(←広島弁風にいうとこんな感じ)「すわりんさい!」「おかわりいるかい?」といつも世話をやいてくれるおばあちゃん。腰がまがっても体が痛くても、自分で薪を集めて、ご飯を作るおばあちゃんたち。厳しい山の暮らしを続けることができるのは村への愛があふれてるから。このおばあちゃんたちの愛を感じて、私たちいつも村を訪れてるんです。






2016-02-18

バターの木

バターの木のはちみつを1度みなさんに紹介したことがあります。

そのとき、バターの木って一体なんだ!?とみなさんの心に疑問がわいてましたね。
この木の種からオイルが取れるのですが、それが由来でバターの木と呼ばれています。

今回このバターの木からとったオイルをご紹介。



こちらがバターの木。この実に含まれる種子の部分から、オイルが取れるわけです。



固まったらこんな感じ。いわゆる植物油脂というやつですね、よい香りがします。ハンドバームにもよいらしいですよ。

これは植物油脂なので、お料理に使ったりバームに使ったり。


花が咲いたらあまーい香りで森がいっぱいになるそうです。

あまい香りに吸い寄せられた生き物たちが森にたくさん集まります。

おサルさんも蜜を求めていっぱいやってくるそうです。

ミツバチはここから甘い蜜を集めて、バターの木のはちみつができあがるわけです。


2016-02-17

沙羅双樹の森

沙羅双樹の森。

沙羅双樹は、水や虫への耐久性があり、非常に強く固い木です。

成長は遅いので、長くしようする建物に使用されることが多い木です。


ネパールのシンギングボールを鳴らす棒はこちらの沙羅双樹の木を使用しています。

日本だと生息している地域が限られていますが、ネパールでは標高1400mまで結構たくさん分布しているそうです。温暖な地域で育つので、標高の低いところで育つそうです。


この木からシンギングボールの棒が作られているのです!ありがたい。

2016-02-15

日本にはない野菜

無事にカトマンズに戻りました!

今日はネパールにあって日本にない野菜をご紹介。

ネパールは70mから8850mまでの、標高があり、さまざまな植物が生息する希少な環境を持つ国です。なのでネパールにあって日本にはない野菜がけっこうあります。

今日紹介するのは、バレラ。
苦瓜の仲間ですが、苦くはありません。味に癖がなく、食べやすい野菜です。
中の種は干してアチャールにするそうです。

2016-02-13

雨不足

ラムジュン州にあるダム。ネパールは水力発電のみで電力を供給しています。

今年は雨の量がかなり少なく、ダムの底の砂が見えるほど、水の量が減っていました。

ラムジュン州で作った電気をネパール全土に供給していることから優先的に電気をもらい、ラムジュン州では計画停電がありません。

しかしカトマンズは17時間の計画停電があり(前は15時間)、雨不足の影響がかなり深刻。
24時間中の17時間停電って。(涙)

地震支援と奨学金プログラムは無事に全日程を終えました。

電力豊かなラムジュン州を明日出発してカトマンズに戻ります。

2016-02-11

牛乳できた?

ネパールの村では牛や水牛を飼い、子供ができると牛乳をいただくことができます。

朝しぼった牛乳はしっかり火を通していただくと、それはそれはおいしく自然にほんのり甘いのです。

朝乳搾り、そして牛乳を火にかけるのが日課。

子猫もまってる、おいしい牛乳。

恵みの雨

私たちが村について2日目。

突然雨が降ってきました。

実はネパールでは雨が五ヶ月近く降っておらず、舗装してない村の道は砂埃がすごい。

そして村では地震の被害があった家をすべて取り壊し、新しい家を建設している最中でホコリが本当にすごい。

突然の雨にみんな干していた作物を取り入れたり、慌ただしくしてましたが、とりあえず仕事が終わって一息ついて、これで砂埃からもなくなると、雨の到来を心から喜んでました。

しばらくすると雨は雹に変わりました。山の天気は変わりやすい。

雨は天からの恵みなのです。

2016-02-10

ネパールの前首相亡くなる

この4日間は地震支援で村に行ってまして、ブログがアップ出来ませんでした。

村に滞在していたとき、ネパールの前首相スシルコイララ氏が亡くなるというニュースが飛び込んで来ました。

ラムジュン州では計画停電がないので、24時間電気があります。
ニュースがはいってくるとみんなテレビの前に座って釘付けです。

日本だと前首相が亡くなっても新聞にのるくらいですが、ネパールでは政治に貢献した高名な方はこうやって国葬するのだそうです。

氏は憲法を作ったということで非常に高名な方でした。亡くなったとき、彼が持っていた資産は携帯3つだけだったそうです。自分の資産をもたず、シンプルに生きた政治家でした。ネパールの政治のために尽くした人でした。

昨日からテレビのチャンネルすべて前首相の国葬を放送してます。ご遺体を焼き場まで行進しながら運び、荼毘にふすまで放送してました。全チャンネルですよ!

カトマンズには大勢の人たちが押し寄せ、ネパールの政治に貢献した方を見送ろうとしていました。

そして氏が所属していた党(nepali congress party[nepali democratic party]) 13日間喪に服すということですべての業務はストップだそうです。昨日は学校、会社、公的機関すべてストップ。

昨日は村から歩いて降りたのですが、どこに行っても村の人たちはテレビに釘付け。

私たちも紅茶を飲みながら村人たちとニュースに釘付けになるのでした。

2016-02-06

菜の花畑

ただいま菜の花の満開の季節。

村にやってきた〜という気持ちになります。

お花の中ではミツバチが忙しくお仕事中。違う世界が動いてるんだなあと感じます。

ゴルカ州境にて

ゴルカ州は初めの地震の震源地です。

ラムジュン州と隣にあり、先日州堺に行ってきました。

州堺はやはり被害が大きく、学校はほとんどが全壊の被害を受けてました。

公立の学校だったので、政府の援助があり、今は新しい学校をたてかえています。仮設学校で授業しています。

五ヶ月間雨が降っていないので、ホコリがすごい。

この中で子どもたちは勉強に励んでいます。

2016-02-04

村の台所

村の台所は薪とガスが兼用でしたが今は燃料閉鎖の問題で薪オンリーに。なので外で作る人たちが村には多い。
煙がでますからね。

燃料閉鎖の問題のおかげで?今日は薪で作ったロティを味わうことができました。
なんか得した気分です。

無事に着きました

一昨日バスに揺られてラムジュン州にやってきました。

とりあえずついて活動してます。
またゆっくりとアップしていきます。

今日は着いたことの報告まで。

2016-02-01

走る、走る、トゥクトゥク

最近トゥクトゥクで移動するのがちょっとしたお気に入りです。

というのもバスは人が多くてどんどん入ってきてぎゅうぎゅうになってしまいます。

リュックがあっち、足はこっちというくらいぎゅうぎゅうになり、降りるのも一苦労。


トゥクトゥクなら6人がけのシートがあって(日本だと乗っても5人がけかしら)、高さがないので立って乗る人がそこまでいないです。 いても2人くらいかな。

それで最近は行くルートに トゥクトゥクが通ればトゥクトゥクを活用しようということになってます。



最近はトゥクトゥクに面白いバナーが張られています。
"No Petrol, No Diesel, No Gas, No Problem"
意味は「ガソリンなくても、ディーゼルなくても、ガスなくても、問題なし!」
そう、この燃料不足を受けての新たなうたい文句。トゥクトゥクは電気で走るのです!

ガソリンやディーゼルがなくてバスが少ないのですが、トゥクトゥクは電気で走るため、前とあまり変わらず町を走ってます。


トゥクトゥクの弱点は馬力。

先日トゥクトゥクに乗ってたら、坂道で馬力がなくてスピードダウン。

すると運転手さんが振り向いて

「申し訳ないけど、2人降りてくれる?」と。

私たち降りたけど、結局スピードはでず。さらに2人おりて、坂道が終わるまでのろのろ走るトゥクトゥクの後ろをてくてく歩いていくのでした。